Review

-秋山 登
(FLIX 8月号)

寓話仕立てで、現代のイスラエル社会を痛切に風刺した作品

緑ゆたかな大地に、ミルクとハチミツがあふれ、神に選ばれた人たちだけが暮らしている。聖書に書かれている通りに、イスラエルという国をそう信じているアフリカの若者が、聖地エルサレムにやってくる。ところが、現実は....。 寓話仕立てで、現代のイスラエル社会を痛烈に風刺した作品である。実に面白い。

ジェイムズ(シアボンガ・シブ)は、アフリカ奥地の小村の敬虔なクリスチャンで、次期牧師として、村から巡礼に送り出されたのだった。彼はテルアビブの空港の入国審査で、初めて<神に選ばれた人>に会い感激する。その女性僚官は、しかし、「この国は神に見放されているわ」と冷笑して言い、あまつさえ、彼を不法労働者と決めつけ、留置場に放り込むのだった。彼は外国人労働者の手配師シミ(サリム・ダウ)に拾われ、たこ部屋に押し込められる。つまりジェイムズは、シミの払った保釈金が借金となり、その分働かなければならないのだ。主な仕事は清掃業で、ジェイムズは勤勉なことこの上ない。
脚本(共同)と監督のラアナン・アレキサンドロヴィッチは、イスラエル人である。でなければ、これほどイスラエルを皮肉たっぷりに描くことはできまい。 69年生まれで、これが初の長編映画だそうだが、ドキュメンタリーでは実績があるという。
ジェイムズは、シミの父親サラー(アリー・エリアス)に気に入られる。サラーはスラム街にひとりで暮らしている。息子のシミがその家を売りたがっているのに、頑として応じない。そのサラーがジェイムズに言う。「フライヤ(ヘブライ語で、簡単にだまされ、吸い取られてしまう人)になるな」。ジェイムズはシミに内緒の仕事を始める。  映画はジェイムズを無心で高遭な精神の持ち主として強調する。彼は最初の仕事の時、報酬を受け取るのを拒否する。神の試練なのだから、と。彼は、はじめてショッピングモールを目にした時、興奮する。<ミルクとハチミツがあふれている>と。そのジェイムズが、金と消費主義にからめとられてゆくところがこの映画の眼目である。ジェイムズは、イスラエル社会の鏡なのだ。そこには、イスラエルの拝金主義、人心の荒廃、人種差別、開発至上主義といった悪風が映っている。もとより資本主義国一般の話としての普遍性をもって。

もうひとつ。映画は、現代の信仰について語っていないか。あれほど純朴で信心深かったジェイムズが、いともたやすく物質世界に適応する。スピリチュアルな真の信仰が退廃していることを嘆いているようでもある。
ラストが決まっている。皮肉きわまりなく、おかしくて哀しい。