Review

-木下 昌明
(サンデー毎日07/6/24号に加筆)

黒人牧師が「手配師」になった イスラエルの「もう一つの顔」 イスラエル映画といえば、先ごろ公開された「約束の旅路」が、まだ記憶に新しい。アフリカの黒 人少年がイスラエルにやってくる物語だったが、今度のラアナン・アレクサンドロヴィッチ監督の「ジェイムズ聖地へ行く」も、やはりアフリカの若い黒人がイスラエルを訪れる内容。これが愉快なドラマなのだ。

ズールー族のジェイムズは、村一番の若者で次期牧師に任命され、村の代表として「聖地」への巡 礼をめざす。しかし、見ると聞くとでは大違い。聖地に行く前にとんでもない目に遭ってしまう。  トップシーンからこうだ−夢をふくらませたジェイムズは、入国審査室の女性に向かって「ヘブライ人ですか? 神に選ばれた人ですね」と目を輝かせるが、彼女はうんざりした表情で「お金が目的でしょ」と相手にしない。イスラエルは外国からの出稼ぎ労働者が多く、彼らはいつもお世辞を言って、不法入国しようとするからだ。このチグハグに噴き出してしまう。  ジェイムズは留置場に放りこまれるが、そこへ手配師がやってきて、まじめに働きそうな彼に目をつける 。その結果、ジェイムズは保釈金を口実に徹底的に働かされることになる。
やがて、彼は華やかな商品があふれる街に目を奪われ、聖書通りの「楽園」だと独り合点する。手配師の父・サラー老人の家(この老人がひねくれていてとても魅力的)で働くが、サラーから「フライヤになるな」と教わる。フライヤとは「人に吸い取られる(搾取される)ヤツ」のこと。そこで、彼はずる賢くなり、仲間を働かせ、吸い取るほうの手配師になっていく。この変身ぶりが面白い。
かつてカネを軽蔑していた純真な目は、カネに「神」を見いだし、輝くようになる。映画は、観客を笑わせながら「聖地」とはウラハラの「資本主義社会イスラエル」の「裏側」をさらしてみせる。果たして、彼はエルサレムに行けたか?

実はこの映画のプロデューサーは、あのパレスチナ映画「パラダイス・ナウ」のプロデューサーの一人であったアミール・ハレル。イスラエルにも気骨のある映画人がいる。