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-Screen International スクリーン・インターナショナル

醜い事実を暴く現代の寓話

ドキュメンタリー映画監督のラアナン・アレクサンドロヴィッチの初のフィクション映画「ジェイムズ聖地へ行く/原題:James’ Journey to Jerusalem」は、かつて理想的とされたイスラエル社会での日雇い労働者のブラック・マーケットと腐敗したモラルを真っ向から取り上げたダークな風刺作品だ。(省略)

イスラエルでの不法労働は議論としてはさほど魅力的とは言いがたいが、中東での政治闘争などと比べて、その重要性という面では決して劣ることはない。イスラエルでは現在50万人以上の外国人が違法に働いており、それはこれまでのパレスチナ人(政府は最近ではコントロールするのが非常に難しいと匙を投げてしまった)にとって変ってしまった。アレクサンドロヴィッチはその状況を取り上げ、アフリカの民話に似せた形で表向きは軽く見せかけ、なおかつこれが無視してはならない事をちくりと刺している。

ズールー族の牧師の息子、ジェイムズ(シヤボンガ・メロンギシ・シブ)は父親の教会を継ぐことになっており、故郷の敬虔なクリスチャンたちの期待を一身に浴び、聖地エルサレムを目指し巡礼の旅に出たのだった。ところが空港で国境警備の警官に、彼もまた観光ビザで入国し増大する不法労働者として働こうとする、第三諸国からの訪問者のひとりと疑われ、捕らえられてしまう。

やり手のシミ(サリム・ダウ)に刑務所から救助されたものの、ウブなジェイムズはテルアヴィヴあたりの腐敗したアパートという別の監獄へ連れてこられ、地下組織のほかの不法労働者たちと共同生活をさせられることになる。聖地エルサレムへ巡礼の旅に行きたいだけという、彼の願いには誰も耳を貸さず翌日からシミへの身に覚えのない借金を返すまでの間、彼の下で違法グループでの労働にいそしむことになる。

ジェイムズの旅は、無垢な初期の頃から現代の消費社会を経てさらに劣悪な物質主義へと至る。ジェイムズにサイドビジネスの仕方を教えてくれた、シミのひねくれ者の年老いた父親サラ(アリー・エリアス)の指導のもとに、まったく疑われずにその生徒は師を追い越してしまう。やがてジェイムズ本人もミニ・ボスになり彼がかつて搾取されたように他の人たちを搾取するようになり、自分でもそんな人間に成り下がってしまったことにショックを覚え、彼自身の選択を迫られるようになる。

経済難民に頼っている西欧のどの社会にもあてはまることだが、不当に利益を得る強欲者達はどんなルールをもねじ曲げ、腐敗した法の組織と仲良く手をつなぎ、犠牲者たちもチャンスがあれば自ら犠牲者を欺く側にまわるという、皮肉なモラルの物語りである。イスラエルの日常生活に根ざす比喩がアレクサンドロヴィッチの観点から描かれている。

若いサウス・アフリカンの俳優、シアボンガ・シブは主役に必要な素朴さと狡猾さがうまく混ざり合ったいい味を出しているし、ダウはどん欲で無慈悲なシミを完璧に演じているし、ベテランのアリー・エリアスは気性の激しい父親役にぴったりはまっている。表面的はとても明るいもののストーリーはほろ苦く、ありがちな無情で当然の成り行きである結末へと突き進んでゆく。技術的な面では決して最上級とは言えないが満足のゆく出来であることは確かだ。